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早春のキビタキ

富士山麓のオオルリを見た場所と同じ場所で見たキビタキ。まだ到来した直後なのだろう。この日、囀りを聴くことはなかった。芽吹いたばかりの林の中でキビタキの黄色は遠くにいてもとてもよく目立つ。
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by komachi-memo2 | 2019-04-26 18:42 | 探鳥 | Comments(0)

「木の住まい」をデザインする 三澤康彦の仕事


c0042548_14552053.jpg 今年のMOKスクールの開講に間に合うように編集を進めてきた2017年5月に急逝した三澤康彦の本『木の住まいをデザインする 三澤康彦の仕事』が完成した。三澤文子さんから出版の相談を受けたのは昨年のまだ暑い盛りだった。三澤康彦がある出版社から依頼されて進めていた木造住宅の設計のノウハウ本の企画があり、彼に執筆を依頼した編集者はすべて丸投げで、三澤康彦が急逝したために頓挫した形になっていた。三澤文子さんはどうにかして三澤康彦の遺志を継ぎたいと思っていた。三澤康彦は私と同年である。まだまだやり残した仕事があり、これから仕事の集大成に入ろうという時期での急逝だった。
 三澤文子さんに言ったのは、ノウハウ本ではなく、三澤康彦の仕事を一冊にまとめようということだった。三澤康彦の生前、彼とそれほど親しかったわけではない。建築家と編集者という仕事の関係で、数回、彼に原稿を依頼し、彼の設計した建築を見る機会があったにすぎない。三澤文子さんと会ってからしばらくして、段ボール一箱分の三澤康彦関連の書籍や雑誌が彼女から送られてきた。古い順から読み進めていくと、三澤康彦の仕事の軌跡がはっきりと読み取れた。納賀事務所で2×4構法の合理的な考えを頭にたたき込んだ男が、かたや藤本昌也率いる民家型構法を頭にたたき込んだ女と結婚し、自宅を設計。その後、阪神淡路大震災の大きな経験が彼らの木構造の合理化試行に拍車をかけ、何人かのキーパーソンとの幸運な出合いがあり、2人3脚でフォルクスC、Jパネル落とし込み構法の開発へと進んでいく一本の道筋がはっきりと読み取れた。この道筋を本の背骨にすればいい。三澤文子さんに「千里私たちの家からJパネルハウスへの道のり」を新たに書いてもらうことにした。
 三澤文子さんから出版の相談を受けた時、もう一つ頭に浮かんだことがあった。それはかれこれ20年前に録音した速記録であった。当時、OM研究所(所長:野沢正光)があり、毎週土曜日に、若い設計者向けの勉強会をやっていた。三澤康彦と文子も合計4回、「地域循環型住宅としての木造」というテーマで講義をやっていた。それはちょうど彼らが開発したフォルクスCのシステムで地域の工務店が展開を始めていた頃である。土曜建築学校の講義はシリーズ書籍として建築資料研究社から4巻出版することができたが、三澤康彦の講義録は私の手元に残ったままだった。読み返してみると、当時、彼が意図したこと、彼が危惧していたことは、20年経った今もまったく変わっていないどころか、待ったなしの状況になっている。たとえば日本の森林面積は過去50年間、横ばい状態であるが、森林蓄積量は毎年増え、三澤康彦が講義をした20年前には4割に満たなかった伐期に達した人工林は、今は全体の7割に達している。国産材が有効に使われず、燃やす木の値段で山が取引されている現状では、次世代の人たちが使うための木材を植林するためのコストが出ないと、林業家は悲鳴を上げている……。この速記録を本の始めに置こうと考えた。
 大きな骨組みができると、寄稿者は自ずと決まってくる。先ず、三澤康彦に日本の山と林業に向けて目を開かせた林業家・和田善行さん、そして藤本昌也・田中文男の民家型構法とMsのJパネル落とし込み構法を比較するのに最適任者である構造家・山辺豊彦さん、さらに三澤康彦・文子と同じ建築家であり、友人でもあった泉幸甫さん。ジグソーパズルのピースが嵌まるように本の構成は決まった。
 大部の本ではないが、背骨のしっかりした本は編集していてもやはり気持ちがいい。発行日は三澤康彦の命日である5月5日とした。三澤康彦もきっと喜んでくれるだろう。
 君はすこしだけ早く逝きすぎたが、横道には目もくれず、まっすぐに生きた人生だったんだね。


by komachi-memo2 | 2019-04-25 15:06 | ヒルトップの日々 | Comments(0)

早春のオオルリ

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4月は到来したばかりの夏鳥を見に、富士山麓にここ2、3年毎年行っている。マイフィールドの林道では4月上旬からオオルリやキビタキが鳴きだしているが、首が痛くなるほどの高い梢の上で、見るのがやっと。すでに撮影できる環境ではない。
 オオルリやキビタキを撮影するとなると、3つの必要条件が揃わないと、満足な写真が撮れない。まず、オオルリ、キビタキの到来から間もないこと。間もないうちはテリトリーもまだ定まらず、長旅で衰えた体力を取り戻すために餌採りに専念し、比較的地上近くに降りてくることが多い。第2に落葉樹の新緑が繁茂する前であること。とくにオオルリは梢で囀るため葉が繁茂すると撮影できる場所はかなり限定されてしまう。第3に、撮影時の日射が高曇りの散乱光であること。オオルリ♂の青色のバリエーションは直射日光の下では撮影することが難しい。
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 撮影に行ったのは4月20日。富士山麓の撮影地はまだ桜が咲いており、芽吹いたばかりの萌葱色のなかにミツバツツジが冬の気配がまだ残る地面に美しい彩りを添えていた。空は撮影を始めたときはどんよりと曇っていたが、次第に高曇りに変わっていった。
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 オオルリ、キビタキの到来からまだ1週間未満でオオルリ♂は囀りを始めたばかり。時々地面に降りてきて餌採りをする。まだ芽生える前のこの時期は樹木の上よりも地面のほうが餌が豊富なのだろう。しばらく林の中を歩くと、オオルリ♀がじっと橫枝に止まっているのを見つける。こちらがある距離を彼らとの間に保てば、餌を求めて近くに降り立つこともある。そんなチャンスを求めて、じっと待っていると、横からカメラマンがどんどん近づいてきて、鳥との距離を詰めてしまう。鳥は当然、距離を保とうとするから少し離れる。さらにカメラマンは近づいて鳥を遠くに飛ばしてしまう。そうした経験からなにも学ばないカメラマンが多くて困る。
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by komachi-memo2 | 2019-04-25 11:02 | 探鳥 | Comments(0)