komachi memo2

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ハマナスの丘のノビタキ

 先日、札幌に用事があった折に1日滞在を延ばして石狩川河口に初めて行ってみた。河口はちょうどハマナスの花の見頃の時期を迎えていた。この時期には毎年、信州の高原や奥日光にノビタキの巣立ち雛を見に出かけていたが、石狩川河口でもノビタキの巣立ちビナに逢うことができた。広い草原で出逢うこの鳥が好きである。
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# by komachi-memo2 | 2019-06-22 18:48 | 探鳥 | Comments(0)

台北植物園での探鳥

台北旅行の最終日、早朝に起きて、MRTで小南門近くの台北植物園に行く。朝5時半から開門しており、早めに入れば人のいない静かなうちに探鳥ができるものと思っていたが、それは浅はかだった。公園に入ると、あちらこちらにもう人だかりができている。みんな太極拳をしているのであった。気を取り直して、探鳥モードに入る。たいして広くない園内だが、鳥の生息密度は濃く、野鳥撮影のカメラを構えている人もかなりいる。彼らには見慣れた普通種でも私には始めて見る鳥。ここで見た鳥はシロガシラ、アカハラシキチョウ、ゴシキドリ、ズグロミゾゴイなど。アカハラシキチョウの囀りに聞き惚れ、親鳥に甘える巣立ち雛を見て、10時頃、人がかなり増えてきた植物園を後にする。(上からアカハラシキチョウ、ゴシキドリ、シロガシラ、ズグロミゾゴイ、クビワムクドリ)
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# by komachi-memo2 | 2019-06-01 14:28 | 探鳥 | Comments(0)

梅雨の台北に遊ぶ

 5月16日から5泊6日で台北に行った。ほぼ20年ぶりだ。20年前に行った時は台北で暮らし始めたOさんと取材がてらに台湾東海岸の花蓮や森坂を訪ね、日帝時代に林業で栄えた村や町を見て回った。あれから20年、今回の同行はA画伯と旅慣れた建築家のNさん。ご無沙汰しているOさんに会いたいという以外、これといった具体的な目的のない2人と、すこしは野鳥を見たいという私は、雨期のまっただ中の台北松山空港に降り立った。空港までOさんは迎えに来てくれていたが、私が彼の肩を叩くまで私に気付かなかった。20年はそれほど私の姿を変えていたことに私は少し戸惑った。
 台北に着いて、地下鉄網MRTの快適さにまず驚く。10年ほど前に完成したというMRTは8本の路線に色分けされ、台北市内と近郊を結んでおり、カードにチャージをしておけば市内の移動もコンビニも買い物もキャッシュレスである。MRTの構内は日本の継ぎ接ぎだらけで移動距離と階段の多いインフラと違い、どの駅も見通しよく、迷うことがない。車内も広告がべたべたと貼られおらず清潔である。大橋頭に降りて、淡水河沿岸の問屋街である迪化街を散歩する。
 翌日は朝から雨。台北の北にある新北投温泉に行き、地元の人も日常利用しているらしい瀧之湯に浸かる。洗い場と浴槽がゾーン分けされていて、浴槽ゾーンで手ぬぐいで前を隠しているのは日本人だけ。ゾーンが分かれているのは台湾の人の清潔感の表れなのだろう。洗い場にはいくつもの水筒が並び、梁にぶら下がって体を伸ばしている人もいる。
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 夜、寧夏夜市でOさんと待ち合わせる。A画伯が屋台で奇妙な形をしたものを買う。黒くて両側に角が生えている。帰国して調べてみると、「菱角、リンジャオ」と台湾では言うと書かれていた。これが栗のようにホクホクして旨い。
 18日、探鳥を期待して新店までMRTで行き、満員のバスに揺られて烏来に行く。烏来は台北の南30キロほどの処にある標高およそ1000mの渓谷。タイヤル族の民俗博物館を覗いた後、小さなトロッコに乗って、烏来瀑布の見上げる地点まで、さらにロープウェーで雲仙楽園まで行く。その途中、渓谷の切り立った崖を背景に、2羽の鳥が飛んでいくのが見えた。台湾の国鳥、ヤマムスメだった。ロープウェーを降り立った頃から激しい雨が降り出す。

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 19日、午後雙連駅でOさんと合流、大稲珵碼頭海岸から淡水河を下り、河口の淡水まで船に乗る。出船するまでの小一時間、日陰を求めて、公園の木の下で時間をつぶす。公園ではカラオケセットと椅子を持ち込んで、数人のおじさん、おばさんが演歌を熱唱していた。船上は風があって気持ちがいい。川幅はかなりあるのだが、水深が浅く、水面に浮かんだブイを頼りに観光船は慎重に進む。川岸にゴイサギ、アマサギ、コサギ、それになんとクロトキ、川面にはハジロクロハラアジサシが飛ぶ。
 20日、今日こそは探鳥に日に当てようと早朝に起きるが、予報は午前中から雨。諦めて2人と一緒に日帝時代のタバコ工場跡をリメイクした松山文創園区の誠品生活書店に行く。夕方、Oさんと待ち合わせて、彼が週に何度も通ったことがあるという台湾素食の店に入る。台湾で素食とは菜食の意味で、肉、卵、乳製品が使われていない。トレーに盛ったおかずを秤で測ってもらい、料金を払うシステム。Oさんは我々の前を先に姿勢良く健脚で歩くが、これも他国で1人生活を全うするための彼の日々の素食生活の賜なのかもしれない。Oさんと別れて、彼と私が元気なうちにまた台湾に来ようと思った。
 今回の旅行は息のつまりそうな時代の閉塞した日本からたった6日だけ飛び出したのであったが、20年の間の台湾の変わりようと、またそれでも変わらない台湾の人たちのwell being、そして日本の変わりようにも気付いた旅だった。

写真上:新北投温泉瀧之湯(撮影:Nさん)、写真中:寧夏夜市、写真下:烏来(撮影:Nさん)

# by komachi-memo2 | 2019-06-01 12:52 | 気持ちのいい場所 | Comments(0)

コルリと遊ぶ

子供の日、今春3度目となる富士山麓の鳥見に、電車とバスを使って行く。今回は前回と違うポイントを歩く。昨年、バーダー仲間と一部、歩いたルートだが、今回は車でポイントを移動しないので、一つのルートを本格登山が始まる辺りまで往復しようと考えた。500ミリF4を肩に掛け、歩き出したのは9時過ぎ。とうに鳥見のゴールデンタイムは過ぎていて、おまけに木々の影が黒々と足下に斑模様をつくっている。出だしからあまり聴きたくないソウシチョウの姦しい囀りに迎えられる。時々、オオルリ、キビタキ、イカル、クロジが横切る。クロツグミ、コルリ、センダイムシクイが囀る。ルートを知らせる木に巻かれた赤いリボンを見失わないように気にしながら道から外れて、囀りを頼りに森に分け入り撮影を試みるが、木々が混んでいて難しい。昼過ぎ、日差しも強く、急な登りが始まる前に引き返すことにした。今度来るときは、少し曇った日にしようなどと考えながらゆっくり下ってくると、行く手10メートルほどのところに突然、コルリが藪から飛び出した。私に気付いているはずなのに、道教えのように前方をゆっくり歩いて行く。さすがツグミの親戚。こちらも夢心地で匍匐前進。いっしょに遊んでくれたのはいったいどのくらいの時間だったのだろう。ずっと続いてほしい束の間だった。

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# by komachi-memo2 | 2019-05-06 13:21 | 探鳥 | Comments(0)

早春のキビタキ

富士山麓のオオルリを見た場所と同じ場所で見たキビタキ。まだ到来した直後なのだろう。この日、囀りを聴くことはなかった。芽吹いたばかりの林の中でキビタキの黄色は遠くにいてもとてもよく目立つ。
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# by komachi-memo2 | 2019-04-26 18:42 | 探鳥 | Comments(0)

「木の住まい」をデザインする 三澤康彦の仕事


c0042548_14552053.jpg 今年のMOKスクールの開講に間に合うように編集を進めてきた2017年5月に急逝した三澤康彦の本『木の住まいをデザインする 三澤康彦の仕事』が完成した。三澤文子さんから出版の相談を受けたのは昨年のまだ暑い盛りだった。三澤康彦がある出版社から依頼されて進めていた木造住宅の設計のノウハウ本の企画があり、彼に執筆を依頼した編集者はすべて丸投げで、三澤康彦が急逝したために頓挫した形になっていた。三澤文子さんはどうにかして三澤康彦の遺志を継ぎたいと思っていた。三澤康彦は私と同年である。まだまだやり残した仕事があり、これから仕事の集大成に入ろうという時期での急逝だった。
 三澤文子さんに言ったのは、ノウハウ本ではなく、三澤康彦の仕事を一冊にまとめようということだった。三澤康彦の生前、彼とそれほど親しかったわけではない。建築家と編集者という仕事の関係で、数回、彼に原稿を依頼し、彼の設計した建築を見る機会があったにすぎない。三澤文子さんと会ってからしばらくして、段ボール一箱分の三澤康彦関連の書籍や雑誌が彼女から送られてきた。古い順から読み進めていくと、三澤康彦の仕事の軌跡がはっきりと読み取れた。納賀事務所で2×4構法の合理的な考えを頭にたたき込んだ男が、かたや藤本昌也率いる民家型構法を頭にたたき込んだ女と結婚し、自宅を設計。その後、阪神淡路大震災の大きな経験が彼らの木構造の合理化試行に拍車をかけ、何人かのキーパーソンとの幸運な出合いがあり、2人3脚でフォルクスC、Jパネル落とし込み構法の開発へと進んでいく一本の道筋がはっきりと読み取れた。この道筋を本の背骨にすればいい。三澤文子さんに「千里私たちの家からJパネルハウスへの道のり」を新たに書いてもらうことにした。
 三澤文子さんから出版の相談を受けた時、もう一つ頭に浮かんだことがあった。それはかれこれ20年前に録音した速記録であった。当時、OM研究所(所長:野沢正光)があり、毎週土曜日に、若い設計者向けの勉強会をやっていた。三澤康彦と文子も合計4回、「地域循環型住宅としての木造」というテーマで講義をやっていた。それはちょうど彼らが開発したフォルクスCのシステムで地域の工務店が展開を始めていた頃である。土曜建築学校の講義はシリーズ書籍として建築資料研究社から4巻出版することができたが、三澤康彦の講義録は私の手元に残ったままだった。読み返してみると、当時、彼が意図したこと、彼が危惧していたことは、20年経った今もまったく変わっていないどころか、待ったなしの状況になっている。たとえば日本の森林面積は過去50年間、横ばい状態であるが、森林蓄積量は毎年増え、三澤康彦が講義をした20年前には4割に満たなかった伐期に達した人工林は、今は全体の7割に達している。国産材が有効に使われず、燃やす木の値段で山が取引されている現状では、次世代の人たちが使うための木材を植林するためのコストが出ないと、林業家は悲鳴を上げている……。この速記録を本の始めに置こうと考えた。
 大きな骨組みができると、寄稿者は自ずと決まってくる。先ず、三澤康彦に日本の山と林業に向けて目を開かせた林業家・和田善行さん、そして藤本昌也・田中文男の民家型構法とMsのJパネル落とし込み構法を比較するのに最適任者である構造家・山辺豊彦さん、さらに三澤康彦・文子と同じ建築家であり、友人でもあった泉幸甫さん。ジグソーパズルのピースが嵌まるように本の構成は決まった。
 大部の本ではないが、背骨のしっかりした本は編集していてもやはり気持ちがいい。発行日は三澤康彦の命日である5月5日とした。三澤康彦もきっと喜んでくれるだろう。
 君はすこしだけ早く逝きすぎたが、横道には目もくれず、まっすぐに生きた人生だったんだね。


# by komachi-memo2 | 2019-04-25 15:06 | ヒルトップの日々 | Comments(0)

早春のオオルリ

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4月は到来したばかりの夏鳥を見に、富士山麓にここ2、3年毎年行っている。マイフィールドの林道では4月上旬からオオルリやキビタキが鳴きだしているが、首が痛くなるほどの高い梢の上で、見るのがやっと。すでに撮影できる環境ではない。
 オオルリやキビタキを撮影するとなると、3つの必要条件が揃わないと、満足な写真が撮れない。まず、オオルリ、キビタキの到来から間もないこと。間もないうちはテリトリーもまだ定まらず、長旅で衰えた体力を取り戻すために餌採りに専念し、比較的地上近くに降りてくることが多い。第2に落葉樹の新緑が繁茂する前であること。とくにオオルリは梢で囀るため葉が繁茂すると撮影できる場所はかなり限定されてしまう。第3に、撮影時の日射が高曇りの散乱光であること。オオルリ♂の青色のバリエーションは直射日光の下では撮影することが難しい。
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 撮影に行ったのは4月20日。富士山麓の撮影地はまだ桜が咲いており、芽吹いたばかりの萌葱色のなかにミツバツツジが冬の気配がまだ残る地面に美しい彩りを添えていた。空は撮影を始めたときはどんよりと曇っていたが、次第に高曇りに変わっていった。
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 オオルリ、キビタキの到来からまだ1週間未満でオオルリ♂は囀りを始めたばかり。時々地面に降りてきて餌採りをする。まだ芽生える前のこの時期は樹木の上よりも地面のほうが餌が豊富なのだろう。しばらく林の中を歩くと、オオルリ♀がじっと橫枝に止まっているのを見つける。こちらがある距離を彼らとの間に保てば、餌を求めて近くに降り立つこともある。そんなチャンスを求めて、じっと待っていると、横からカメラマンがどんどん近づいてきて、鳥との距離を詰めてしまう。鳥は当然、距離を保とうとするから少し離れる。さらにカメラマンは近づいて鳥を遠くに飛ばしてしまう。そうした経験からなにも学ばないカメラマンが多くて困る。
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# by komachi-memo2 | 2019-04-25 11:02 | 探鳥 | Comments(0)

降雪の後のアカウソ

週末に関東地方に降った雪がまだ残っているだろうと思い、県下西部の林道を昨日歩いた。到着したのは9時近く。湖に沿ってくねくね曲がる林道の日の当たる部分には雪はすでに一片も残っていなかったが、日陰に入ると草木は雪化粧をまだ落としておらず、日にきらきら輝いていた。この景色のなかで鳥が撮影できるチャンスは2時間ほどだろうと思い、日陰部分に集中して鳥を探す。見上げるフサザクラの天辺に、ウソ10羽ほどを見つけたのは午前10時半頃。ウソを見上げながら枝かぶりでないポイントを探すが、どこも逆光を免れない。しばらくウソを見上げながら待っていると、近くでカケスが鳴き出した。群の中のアカウソ♂がすこし枝を下りてきたところでレリーズ。今期、最初のウソの撮影だった。
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# by komachi-memo2 | 2019-02-11 09:54 | 探鳥 | Comments(0)

三番瀬のミヤコドリ

2月最初の休日、昨年から懸案になっていたミヤコドリを三番瀬に撮りに行く。私はすこしひょうきんな感じのこの鳥が好きである。昨年のちょうど今頃、人の少ない午後から撮影に行ったが、光線の具合が悪く撮影が難しかった。ミヤコドリの赤い虹彩を撮そうとすると、順光気味で撮りたいのだが、三番瀬は南に面しているため海岸からは常に逆光ぎみになる。午前中に横からの光線で撮影しようと、警戒心の強いミヤコドリの手前50mほどまで近づいて姿勢を低くして彼らが近づいてくれるのを辛抱強く待っていると、後ろからカメラマンが不用意に近づいてきて飛ばしてしまったりする。この日は都合3つのグループの探鳥会が開かれていたが、私はバーダーやカメラマンから一人離れて撮影することができた。
三番瀬は今や国内最大のミヤコドリの越冬地で、その数は300を超えるまでになっているが、昔から三番瀬を知っているバーダー仲間によると、かつては三番瀬でミヤコドリを見たことがなかったという。珍鳥の類いだったという。それだけ彼らの餌となる貝が採れる場所が減ってしまったということなのだろうか。三番瀬では潮干狩りのためにアサリを蒔いているが、そのことも影響しているのだろう。餌採りに夢中のミヤコドリを観察していると、虹彩の目立つ成鳥の個体のほうが、嘴もオレンジで肩羽に茶の混じる若い個体よりも2枚貝を咥える度合いは多いように見えた。
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# by komachi-memo2 | 2019-02-08 13:24 | 探鳥 | Comments(0)

雪の野幌森林公園

1月下旬、札幌に所用があり、ついでに札幌郊外の野幌森林公園を1日歩く。積雪が多く、スノーブーツにスパッツだけでは困難かと心配したが、スキーのトレースが残り、その上はつぼ足がそれほど埋まることもなかった。野幌森林公園はとてつもなく広い。探鳥の目的はクマゲラ探しだった。記念塔口から開拓村を往復し、ふれあいコース経由で大沢口に出、エゾユズリハコース、大沢コース、桂コースを経由して再び大沢口、ふれあいコースで記念塔口と、合計5時間ほど歩くが、クマゲラの姿を見ることは今回も叶わなかった。林道で出会う鳥たちはみな混群であった。アカゲラ、ヤマゲラ、コゲラ、シジュウカラ、ハシブトガラ、シロハラゴジュウカラなどがいっしょになって広い森林公園内を移動しているのだろう。こうした混群に3回遭遇できたが、テリトリーの広いクマゲラに出会える確率はもっと低い。本州では見ることのできないシロハラゴジュウカラを間近で見ることができたこと、昨年12月と2度にわたってヤマゲラに出会えたことはうれしかった。
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# by komachi-memo2 | 2019-02-07 12:54 | 探鳥 | Comments(0)