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葉山のセセリチョウ

昨日、近所で見つけたセセリチョウの仲間3種です。どれも葉山で普通に見られる蝶ですが、丸い柔らかそうな頭部に付いた大きな複眼が愛らしく、好きな蝶です。ジェット機のような羽の形は伊達でなく、ものすごい早さで飛びます。
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キマダラセセリ。この時期のキマダラセセリは小さく、これが夏型の特徴となっています。この個体はレンズを5cmほどに近づけても逃げないので、何枚も撮ることができましたが、ついに羽を広げてくれませんでした。
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笹の上で見つけたコチャバネセセリ。羽の裏の翅脈の黒がよく目立ちます。よく見ると、前翅の縁毛が黒と黄色の段だら模様になっています。これが夏型の特徴だそうです。
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イチモンジセセリ。最もポピュラーなセセリチョウ。稲の害虫としてお百姓さんには嫌われる存在。この個体はずいぶん鱗粉が落ちています。
オリンパスE-5+ZD50mm、シグマ150mm
by komachi-memo2 | 2011-08-20 11:22 | 探虫 | Comments(0)

雨の前の散歩

 今日は午後から雨の予想だったので、午前中にE-5を持って近くに散歩に出た。
 上の畑には気持ちのいいゴーヤの休みどころができている。昨日はだいぶ収穫できたそうだ。畑の主としばし世間話。畑の作物にやる水はポリタンクに入れて、下から上げている。夏のこの時期がいちばんたいへんそうだ。昨年はヒョウタンであったが、ゴーヤのほうが日差しは遮れるらしい。
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↑ゴーヤのお休みどころ

 畑を通り過ぎ、林に入ると、今がヤブランの盛り。彼岸花よりも先に咲くキツネノカミソリがすくっと立っている。葉を落としてしまうのは彼岸花の仲間だからだ。
 この林の中には、小さな沼があって、日陰の湿地を好む種類のトンボや三浦半島では希少となった水中昆虫が生息しているのだが、1年ほど前から何者かによって周囲の樹木が生態をまったく考慮せずに伐採されだした。沼はこれまでも渇水期にはほんのわずかの水を残すだけであったのが、水面に日がいっぱい差し込むようになり、雨水はすぐに干上がってしまうようになった。
今日の目当てのヤブヤンマを4頭見つけた。他に、リスアカネ、オオシオカラトンボ。マルタンヤンマが見られないのが気になる。
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↑ヤブラン
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↑キツネノカミソリ
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↑ヤブヤンマの産卵
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↑リスアカネ

 沼から引き返し、青木さんの田んぼによると、田んぼの畦にいくつもナガコガネグモが巣を張って獲物を待ち構えている。彼らは♂のシオカラトンボが畦に沿って、パトロールをするのを知っているのだ。
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↑ナガコガネグモ
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↑田んぼの畦に沿って飛ぶシオカラトンボ
by komachi-memo2 | 2011-08-19 17:12 | 探虫 | Comments(0)

CO2温暖化人為説の虚妄をあばく必読書

c0042548_2251515.jpg 最近、中公新書から出版された深井有著『気候変動とエネルギー問題』は3.11後の必読の書だ。CO2による地球温暖化人為説が、ノーベル賞までいただいてしまった国連のIPCCによって演出された真っ赤な大嘘であることが、驚くべき科学的新事実と共に語られている。このことがマスメディアにおいてまったく報道されない日本国内では、CO2による温暖化は今も金科玉条のごとく信じられているが、すでに欧米では日を追うごとくIPCCの信頼は落ちており、CO2温暖化説はいまや風前の灯火なのだという。
 なぜ、IPCCのCO2温暖化人為説の化けの皮が剥がれたのか? 
 ひとつはIPCCの報告書のデータがCO2温暖化人為説を演出するために故意につくられていたことを示す隠しようもない証拠がリークされたことだ。世に言うクライメートゲート事件である。
 2009年11月17日、IPCCの科学部門を統括するCRUのコンピュータに何者かが侵入、13年間にわたる交信記録とデータが流出してしまった。このメール交信からわれわれがよく目にしてきた1800年辺りから放物線様に急激に上昇する地球の平均気温の変化を表すグラフ(その形から「ホッケースティック」という)や気温とCO2の因果関係を示すコンピュータ・シミュレーションが、都合よくパラメーターを操作しただけのまったくの捏造データであることが明らかになったのである。
 この本では序章で詳細に流出メールのやりとりが分析されており、いかにCRUが温暖化人為説をつくりあげるために腐心し、人為説批判派の圧殺を工作し、ついには捏造に次ぐ捏造に追い詰められていったかがよくわかる。
 もうひとつは、ここ十年ほどの気候学の驚くべき進歩である。本書では第1章の「気候変動はどうして起こるのか」で、このことに多くの頁を割いているが、そこに書かれている研究成果は刮目すべき内容で本書で一番興奮した部分だ。
 地表の温度は上空の雲量に左右されるが、その雲が生成されるメカニズムが最近になって解明されてきたという。雲粒子の生成にはその核となる物質——上空に浮遊する微粒子エアロゾルと、それがイオン化して結合していくために宇宙線が必要であることがわかってきたという。また気候変動と太陽活動の間に強い相関があることは古くから知られてきた。たとえば黒点の極少期に冷害が起こっている。こうした相関が太陽磁場が地表に到達する宇宙線を左右し、太陽磁場が弱まると宇宙線が増え、これが低層雲をつくることで気温を下げるというメカニズムが解明されつつあるという。
 われわれの太陽系が属する天の川銀河系、そのかなたから飛んでくる宇宙線がわれわれの現前の雲の量を決めているというのは、何とも興奮すべき事実ではないか。本書ではこうしたメカニズムを証明する豊富なグラフを示してくれている。
 たとえば同位体元素から求められた過去5.5億年間の熱帯海面温度と宇宙線強度の経時変化、過去5億年における天の川銀河系の超新星爆発と地球の氷河期の対応など、グラフは驚くほどの相関を示している。最近の気候学が明らかにしてくれる事実は目もくらむばかりだ。
 それにしてもIPCCはかくも盛大な大嘘をなぜ捏造したのだろうか。深井は二つの原因を挙げている。
 ひとつは地球上にただ同然に存在する二酸化炭素によって排出権商取引により莫大な利益を得られると画策した輩がいたこと。今や国連は商売の場に化している。狙い撃ちされたのは日本である。日本は2012年までにCO2を6%削減することになっているが、削減どころか年々増加していることは周知の通りだ。画策の肝は京都議定書のCO2削減目標の基準を1990年にしたことである。この年までに日本は多くの省エネ対策を終えており、もう大幅に削減するところがない。一方EUは1990年時点でエネルギー技術の後れていた東欧を抱えていたので、議定書策定時にはすでに削減目標の8%をほぼクリアしていた。
 そして、もうひとつは言うまでもなく、原発推進の口実だ。チェルノブイリ事故以来、しばらくとまっていた世界の原発推進の追い風になってきたことは事実だ。
 だれでも「不都合な真実」を前にすると口をとざす(ゴアにとっても不都合)。事の影響が大きければ大きいほど口をとざし、見えないことにする。CO2温暖化人為説の旗を振り、「低炭素社会」という怪しげな標語を掲げて、これまで日本の社会は政治も経済も研究機関も動いてきた。今やその権益は莫大なものである。しかし、事の本質を知り、いかに誤りを早く正せるかが、国や人の優劣を決める。すでにオーストリア、フランス、アメリカ、カナダではクライメートゲート事件後、温暖化防止法案は否決されているという。にもかかわらず日本においてはCOP15では途上国に一兆円の資金供与をすることが合意され、さらに国は毎年一兆円の税金を温暖化対策につぎ込んでいる。マスメディアが口を閉ざし、何も報じないのもこの莫大な浪費を政府も経済界も教育界も国民に知られたくないからだろう。しかし、CO2温暖化人為説の払拭は震災以後の国の方向を決めるメルクマールである。こうした資金は東北の震災復興に一刻も早くつぎ込まれるべきだ。早晩、その莫大なツケは我々国民にふりかかってくる。
 国連の潘基文は広島、長崎、最後に東北の被災地を回って帰る間際に、こうのたまわった。「国それぞれの自由だが、私は脱原発には反対だ。なぜなら原発は地球温暖化防止に役立つからだ」と。テレビを見ていて、思わず私は「このペテン師野郎!!」とどなっていた。
by komachi-memo2 | 2011-08-17 22:38 | BOOKS | Comments(0)

カメラは愛玩物である

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先日、オリンパスのマイクロフォーサーズE-PL1sボディを手に入れた。ヤフオクで新品が18000円だった。コンデジよりも安い。初めてのミラーレス一眼である。E-5を愛用しているが、どこにでも持ち歩くにはちょっと大きいし、重い。リコーのコンデジを昇天させてから何か手頃なお散歩カメラがないか物色していた。私にとってのお散歩カメラはマクロが使えることがまず条件になる。マイクロフォーサーズであればフォーサーズのレンズが流用できるので、使い回しが便利である。E-PL1sのボディに対してフォーサーズのレンズはアンバランスなほど大きいのだが、E-PL1sの右手のグリップの心細さを左手をレンズの下に支持することでホールドが確実になるので、かえって良い。フォットシューに付ける電子ファインダーVF-2は非常にシャープでピントの山がつかみやすい。ただ、ボディよりも高価だったのが玉に瑕。
 カメラは撮らないときも持っていることがうれしくなるものがほしい。かつて使っていたライカCLはそんな愛玩物だった。露出計がどっこいしょと鈍重でも、シャッター音が大きくても、いつも持っていたいカメラだった。カメラがデジタルに変わって面白くもない優等生カメラはどんどん進化するが、まだライカCLに代わる愛玩物に出会っていない。
by komachi-memo2 | 2011-08-09 09:48 | 道具 | Comments(0)