komachi memo2

komachi203.exblog.jp

<   2009年 11月 ( 4 )   > この月の画像一覧

一枚の写真——福沢一郎絵画研究所

c0042548_10494468.gif
 BLOGにに22年前に亡くなった父のことを何度か書いた。朝鮮から単身勉学のために日本に来たこと、その後画家になることを決意したこと、池袋モンパルナスの住民になったこと、そこで麻生三郎らの良き友を得たこと、戦後、一時韓国に引き戻されるが、日本に戻って真鍋家の養子となり、日本に帰化したこと、自分の味わった悲哀を子供たちに味合わせないために、自分の過去のほとんどを語らなかったことなどである。戦前から父を知る数少ない人たちの思い出に宿る父は、とても面白い快活な人だったようである。バイオリンを弾き、水泳が得意だった。しかし、その明るさの裏には強い絆で結ばれた朝鮮の血族を断ってきた忘れることのできない亡父の内面があったことを今思うのである。「お父さんは年寄りにとっても優しかったよ。あれはね、自分の親不幸があったからなんだよ」84歳になる母はそんなことを言う。
 先日、板橋区立美術館のHさんが国立の実家にいらっしゃった。来年11月に行われる企画展「福沢一郎絵画研究所と仲間たち」(仮称)の取材のためである。福沢一郎は日本にシュルレアリスムを広めた画家として知られるが、当時若い画家たちに大きな影響を及ぼした。亡父もその一人だった。福沢が自宅のアトリエに絵画研究所を開設したのは1936年、研究所の活動は彼が治安維持法で逮捕されるまでのわずか5年間である。亡父は研究所の最も早い研究生だった。福沢一郎を終生師と仰ぎ、死ぬまで交流があった。しかし、研究所当時のことを父は語らなかったし、今となっては知る人はほとんどいない。Hさんは今も健在な父の友人、知人たちに丹念に取材を続けて、私の知らない父のことも知っていた。
 当時の写真がわずか数枚古いアルバムに残されている。それをHさんに見てもらった。一枚の写真には福沢一郎絵画研究所夏期講習会、1937年と裏書きがある。亡父22歳の時の写真である。一番前の黒っぽいジャケットにネクタイが亡父、その右後のメガネにネクタイが福沢一郎である。後列右から二番目に瀧口修造の姿も見える。亡父のポテンシャルがいちばんあった頃かも知れない。1937年は蘆溝橋事件のあった年だ。日中が全面戦争に突入し、「千人針」が流行し、巷に「ここはお国の何百里」の歌が流れていた。彼の祖国では朝鮮総督府が朝鮮語を禁止、君が代斉唱が強制され、1939年には創氏改名が公布される。当時の亡父の心中はどんなだったのだろう。年末に、亡父の絵画を整理して、データに収録しておきたいと思う。
by komachi-memo2 | 2009-11-26 10:59 | 国立の記憶 | Comments(1)

9ポイントで読みたい

c0042548_15255066.gif 先日、建築家の齊藤祐子さんの家に遊びに行った。齊藤家は昭和初期に建てられ、3代にわたって住み続けてきた中廊下式の古い木造家屋で、高齢になった父と母の終の住処として、また将来を見越して、減築と増築をすることで、100年住み継ぐ家として再生された。その日はそのお披露目の会であった。新しい玄関ホールに造付けの本棚が設けられ、なつかしい本が並んでいた。サルトル全集、埴谷雄高著作集、それにバタイユ、高橋和巳まである。齊藤さんは私の2つ下、学年では一つ下の同世代だ。学部は違っても、同じような空気を吸っていたんだと、思いがけず気づかされた。今の学生に私たちの世代のような共通した本があるのだろうかとも、ふと思った。
 本棚を眺めながらおすすめの本はありますか、と聞いてみた。「ガルシア・マルケス読んだ?」と聞かれた。私はずいぶん以前に別の人からも同じことを問われた経験が二度もある。一人は連れ合いから、もう一人は編集者の中原洋さんから。連れ合いからは「え!読んでないの」と馬鹿にされ、中原さんからは「とても面白い本だよ」と、是非にと勧められた。しかし、いつも読みたい本の候補が頭の中に行列をつくって順番を待っているので、「是非に」と言われてもなかなか読むチャンスがまわってこない本がある。ガルシア・マルケスもそうした類の本であった。
 夜更に、連れ合いの本棚から『百年の孤独』を引き抜いて、何となく読み始めた。ぐんぐん引き込まれるのだが、30分も読んでいると、目がチカチカしてきた。これはたまらん。8ポイント24行、2段組の字組はかなりきつい。東京に出たついでに、同書の全面改訳版を買った。こちらは9ポイント19行、1段組、1ポイントの差で読みやすさは雲泥の違い。このところ文庫本でも同じような経験を繰り返している。ズボンやジャケットが体型が変わると着られないように、本も年齢と共に買え変えざると得ないということか。本は昔買った本でも何度でも読めるものと思っていたが、悲しいことにそうでないことに気づいた。c0042548_15264039.gif
by komachi-memo2 | 2009-11-20 15:54 | 茅木山の日常 | Comments(0)

「聴竹居」と藤井厚二展——日本の気候風土に根ざした住宅の追求

c0042548_16135157.gif今月11日から竹中工務店東京本店のギャラリーエークワッドで「聴竹居と藤井厚二展」が開催される(12月24日まで)。
27日には以下のシンポジウムが開かれる。昨年10月に出版した『日本の住宅という実験——風土をデザインした藤井厚二』(農文協)の著者小泉和子さんもシンポジウムに出る。行かなくては。
■シンポジウム 藤井厚二「日本の住宅」から学ぶこと
 開催場所 竹中工務店2階ホール
 開催日時 11月27日 18時30分より
 基調講演 藤森照信
 シンポジウム 藤森照信・小泉和子・小泉雅生
 申込不要 定員200名で締切 
by komachi-memo2 | 2009-11-09 16:16 | EVENT | Comments(0)

都会型の耕す暮らし・・・・中臣昌広さんの本ようやく完成

c0042548_16853100.gif初夏から編集作業を進めてきた中臣さんの本の見本が今日届いた。A5サイズ、160頁の小さな本。イラストは浅生ハルミンさん。舞台は都内の58㎡の狭小敷地。救いは隣に公園と神社があること。雨水利用、太陽光発電、緑のカーテン、古材や古道具の再利用・・・・、17坪の小さな敷地に中臣さんの住まいの思いがぎっしり詰まった「都会型の耕す暮らし」の紹介である。この家については以前、雑誌『住む。』の特集「もったいないの愉しみ方」(2006年冬号)で、中臣さんが少し紹介している。書店に並ぶのは1週間ほど先になる。手にとってください。そして気に入ったら買ってください。
●中臣昌広『都会でできる雨、太陽、緑を活かす小さな家』農文協、1700円+税
by komachi-memo2 | 2009-11-09 16:11 | BOOKS | Comments(0)