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ヤモリ兄弟

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材木の背割りの間に産み落とされていた小さな白い楕円の卵を先日もらった。二つの卵はどういうわけか一つにくっついていた。小指の爪ほどの大きさだ。ヤモリの卵に違いないと、元が虫かごに入れておいた。ある夜見ると、卵は黒みが増していた。明日、きっと生まれるだろうと、そのとき思ったが、そのことは次の日にはすっかり忘れていた。数日前、虫かごを見ると、二匹のヤモリがいる。おっと、餓死させずに良かった。あの消しゴムのような冷たくて柔らかな感触を味わってから逃がしてやった。どこに棲んでいるかわからないが、同じ屋根の下で暮らす仲間であると考えると楽しい。それにしても1センチほどの卵から5センチほどの赤ちゃんが生まれるとは驚きだ。
by komachi-memo2 | 2009-09-30 18:09 | 茅木山の日常 | Comments(0)

小さなゴミ処理機「ダスクリンくるくる」

c0042548_9104070.gif 2週間ほど前からわが家の台所に、「ダスクリンくるくるⅡ型」という生ゴミ処理機が置かれるようになった。葉山町のゼロウエスト運動のモニター200人に配ったものだ。このゴミ処理機、けっこうすぐれものだ。大きさは360×500×355とコンパクトで、電気を使わないのがミソ。木製で、茶色の通気性のあるポリプロピレン素材を使っていて、ちょっとした家具に見える。虫が入らないように二重構造になっており、ゴミを入れる上側は、マグネットできっちり止められるようになっている。箱のなかには「ソルビオ」という「天然資材に微生物群を含浸させた生ゴミ処理に最適な有機物分解資材」(取説)が入っている。これがメーカーの専売特許で、濃茶色をした細かい木材のチップのようなものである。
 この中に生ゴミを入れて、ハンドルで「くるくる」と攪拌する。ゴミは1週間ほどで分解される。攪拌すると、もや〜と、湯気が沸いてくる。手をかざすと発酵熱でかなり暖かい。手をゴミの中に入れると、熱いほどだ。試しに中の温度を測ると46℃あった。冬にもこれだけの熱が出るなら何か有効利用ができそうだ。
 1日に処理できる生ゴミの量は約500gと取説にあるが、平均的な4人家族であればほぼ間に合う量ではないだろうか。ゴミは1週間程度で分解される。ソルビオの交換は1年に1回。もちろん、使用済みのソルビオと分解されたゴミは有機肥料として利用できる。土5に対して1の割合がいいと、取説にある。わが家の場合、魚のアラや骨、野菜くずの出る量が一般家庭よりやや多いので、投入量が500gを越えてしまう。そうすると、多少臭いが発生するが、特にいやな臭いではない。虫も今のところ発生していない。臭いと虫が心配な人は縁側、バルコニーに置くのがいいだろう。場所をとらず、コンポストより取り扱いがしやすいことは確かだ。
by komachi-memo2 | 2009-09-11 09:22 | 道具 | Comments(2)

ドストエフスキーの引力——チェーホフ『サハリン島』

c0042548_10561539.gifちかごろサハリン島に関係する本を2冊読んだ。一冊はチェーホフの『サハリン島』、もう一冊は吉村昭『間宮林蔵』である。『サハリン島』はチェーホフが30代の時、1890年代前半にサハリン島を旅した詳細なドキュメントである。チェーホフは各村をまわって聞き取り調査をし、膨大なカードをつくり、この本をまとめた。その当時、ロシアはサハリン島北部で犯罪者とその家族による植民地開拓を企てていた。サハリン島に多くの徒刑、流刑囚が送られたが、作物の育たない過酷な不毛の土地での生活は悲惨を極めた。ロシアのひとにぎりの資本家の利益のために、国策として徒刑囚や流刑者によって開拓され、炭坑が掘られた。チェーホフがこの旅を企てた目的は明らかでないらしいが、当時、シベリアやサハリンへの流刑の問題が、官憲の横暴や流刑・徒刑囚の非人間的状態がロシアの発展を阻害するものとして、ジャーナリズムで大きく取り上げられていた時期であった。ドストエフスキーにとって、ペトラシェフスキー事件に連座してのシベリア流刑体験がその後の大作を生む孵化器であったように、サハリン島の体験がチェーホフの作家としての成長に大きく影響したであろうことは、本書を読むとよくわかる。
 『サハリン島』を読んでいると、この島を探検した先人の一人として間宮林蔵の名前が出てくる。それで読んだのが吉村昭の『間宮林蔵』である。間宮林蔵がサハリンを探検したのは、19世紀初頭で、チェーホフがサハリン島に赴くよりほぼ1世紀前である。間宮林蔵がサハリン島北部から国禁を犯してアムール川下流域まで文字通り決死の探検を試みる契機になった事件が、千島択捉島の、当時箱館奉行の指揮下にあった会所をロシアの軍艦が襲ったことにあったことをこの小説ではじめて知った。アイヌより北方に住んでいたギリヤーク人について、チェーホフも吉村昭も書いているが、まったく反対のことを書いている。チェーホフによると、ギリヤーク人は自分の妻を物のように扱い、簡単に売り飛ばすと書いているが、吉村はギリヤークの家族は女尊男卑で、女が強いと書いているが、どちらが本当なのだろう。
 本読みはそのときの自分の好奇心のままに読むのが至福であるが、大きな本は大きな引力をもち、その本が好奇心の孵化器となって、芋づる式に大きな本を中心に読んでいく。サハリン島の2冊の本を読んだきっかけは、ドストエフスキーの巨本『罪と罰』が亀山郁夫訳によって光文社古典新訳文庫として、ようやくこの夏に完結したからだ。ドストエフスキーには『死の家の記録』があるが、流刑ということをもっと知りたくなったからだ。
 周知のように、ラスコーリニコフがシベリアに徒刑囚として収容されるとき、ソーニャは徒刑地にいっしょについていく。そればかりか友人のラズミーヒンもわずかな金をため、数年後にラスコーリニコフのいるシベリアに移住することを計画する。ソーニャはともかく、ラズミーヒンまでなぜと思っていたが、囚人についていくということが、当時、特別のことでなかったことが、チェーホフの『サハリン島』を読むと、徒刑者とその家族の生活の実態が述べられていて、合点がいった。
 ドストエフスキーの引力につかまったのは、10代後半、30代、そして50代後半と周期的である。以前は筋書きばかりが気になっていたが、登場する人物が気になりだした。たとえば『罪と罰』でいえば、フーリエ主義者のレベジャートニコフだ。当時の空想社会主義やアナーキズムについて、芋づる読みは続くだろう。しばらくは引力に逆らえそうもない。
by komachi-memo2 | 2009-09-08 11:07 | BOOKS | Comments(0)

キル・ビルと梶芽衣子



深夜、「キル・ビル」シリーズを見ていると、勉強していたはずの長女が、「この映画ハマるね」と、横で感心したように言う。15歳未満禁止、血を流すシーン連続の暴力映画。もし彼女の母親が横にいたら何と言うかと苦笑した。それはともかく、画面に梶芽衣子歌う「修羅の花」が流れる。「死んでいた朝に とむらいの雪が降る はぐれ犬の遠吠え 下駄の音きしむ」やっぱり梶芽衣子はええなあ。タランティーノ監督は梶芽衣子の大ファンで、「キル・ビル」は伊藤俊也の「女囚さそり」や藤田敏八の「修羅雪姫」のオマージュであるらしいが、ユマ・サーマン扮するザ・ブライドと梶芽衣子扮する松島ナミや雪はずいぶんと違う。ザ・ブライドの肉体は鍛えられ、強靱だが、松島ナミや雪はあくまでも華奢だ。70年代の銀幕の梶芽衣子は美しかった。スクリーンに飛び込んで、助っ人できたらと何度思ったことか。このところキル・ビルの影響もあって梶芽衣子の名歌が、YouTubeでも結構拾えるし、次々にCDも復刻している。ワイシャツででっぱったおなかは隠せなくても、70年代、青年だった今どきの初老のおじさんたちの心の片隅に、今も梶芽衣子の「修羅の花」が通底音のように流れているのだろう。という私も「梶芽衣子全曲集」をアマゾンコムに注文してしまった。
by komachi-memo2 | 2009-09-03 09:15 | 茅木山の日常 | Comments(0)