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野反湖探蝶ツアー

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↑野反湖
25,26日の2日、日本野鳥の会神奈川支部の蝶ウォッチングツアーに元さんと参加。群馬県花敷温泉に宿泊、野反湖周辺を散策する。1500メートルの高地にワレモコウ、リンドウ、アキノキリンソウ、ヨツバヒヨドリ、トリカブトなどが群生する湖畔はルリビタキやメボソムシクイの囀りも聞こえる別天地。期待したゴイシシジミは見ることができなかったが、コヒョウモン、ギンボシヒョウモン、クジャクチョウ、ベニヒカゲ、クロヒカゲ、ヒメキマダラヒカゲを見ることができ、蝶ウォッチング入門者の二人には大満足の小旅行だった。
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↑コヒョウモン
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↑ヒメキマダラヒカゲ
by komachi-memo2 | 2007-08-29 10:52 | 探鳥 | Comments(0)

賞味期限

元さんが冷蔵庫の前で牛乳を飲もうと、「えーと、賞味期限は……」と牛乳パックの表示を見ている。最近の子どもは表示をまず見るのかと思う。匂いをかいで、舌の先で味を確かめて、ということをしない。自分の五感で安全を確かめる能力が劣ってきているのではないかと心配になる。いつ頃から賞味期限がやかましく言われるようになったのか知らないが、冷蔵庫がどこの家庭にも置かれるようになった後であることは確かだろう。いつ冷蔵庫のある生活が始まったのか、私にはもう記憶が定かでない。子どもの頃、電化製品が家に入るようになったのは、まわりの家より数年遅かった。まず電気洗濯機を昭和35年、私が8才の時、弟が生まれた年に両親は買った。手回しの絞り機の付いたものだった。2年後、白黒テレビを買った。飼い犬が死んだことも知らないでテレビにかじりついていた。冷蔵庫が家に置かれたのはその後のことだったと思う。それまでは母は毎日、買い物籠をもって魚屋や八百屋にその日食べるものだけを買いに行っていたわけだ。家庭内の収蔵物も現在の半分もなかったはずだ。そんなライフスタイルも実感として思い出せなくなっている。最近、昭和30年代の暮らしがしきりと気になる。「白い恋人」事件はいろんなことを考えさせてくれる。
by komachi-memo2 | 2007-08-20 10:12 | 茅木山の日常 | Comments(2)

再読『戦争中の暮しの記録』、『一銭五厘たちの横丁』

c0042548_12175024.gif本棚から2冊の本を取り出して再読をはじめた。一冊は暮しの手帖編『戦争中の暮しの記録』。花森安治ひきいる「暮しの手帖」編集部渾身の一冊。全編、読者の体験集をまとめたもの。花森は冒頭でつぎのように書く。
「……あの夜にかぎって空襲警報がならなかった 敵が第一弾を投下して七分も経って空襲警報が鳴ったとき東京の下町はもうまわりがぐるっと燃え上がっていた まずまわりを焼いて脱出口を全部ふさいてそれからそのなかを碁盤目に一つづつ焼いていった 三月十日午前零時八分から二時三七分まで一四九分間に 死者八万八千七九三人 負傷者一一万三千六二名 この数字は広島、長崎を上まわる ここがみんなの町が<戦場>だった こここそ今度の戦争でもっとも凄惨苛烈な<戦場>だった。とにかく生きていた 生きているということは呼吸をしているということだった それでもとにかく生きていた ……どこかで乾パンをくれるということを聞いた とりあえずそのほうへ歩いていってみようとおもった……いま考えるとこの<戦場>で死んだ人の遺族に国家が補償したのは その乾パン一包みだけだったような気がする」
この<戦場>に焼け残された写真のネガに写された「氏名不詳」の九九家族の跡を文字どおり地を這うように追跡したのが、児玉隆也・桑原甲子雄の『一銭五厘たちの横丁』である。生きのびた人と影も形もなく蒸発してしまった人。「天皇から一番遠くに住んだ人びと」の一つの昭和史。床屋の店先の父と娘。窓にへちまが這う路地のはにかんだ女。校庭の二宮金次郎像前のオカッパ頭の幼女と学童帽の少年……。写真は戦地にいる息子や兄や弟や父に<銃後>の家族の姿を送るために撮られたものだった。桑原は愛用のライカに配給のフィルムを詰め、一家族一枚切りのシャッターを押した。写真からは「氏名不詳」の人たちの声が聞こえてきそうな気がする。児玉は書く。「写真は九九枚で終わっているが、写されなかった百枚目の写真は、まぎれもなく撮影者の桑原自身であり、取材者の私であり、歴史に名をとどめることのない無量大数の氏名不詳日本人である」と。終戦の日を前に、国など信用にたるものでないことをもう一度肝に銘じよう。
●暮しの手帖編集部『戦争中の暮しの記録』保存版 1972年、第3刷 850円
●児玉隆也・桑原甲子雄『一銭五厘たちの横丁』岩波現代文庫 2001年、第3刷 1000円
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by komachi-memo2 | 2007-08-14 12:24 | BOOKS | Comments(0)

クロコノマチョウの幼虫

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↑10ミリほどに成長したクロコノマチョウの幼虫
キアゲハ、クロアゲハ、ヤマトシジミ、モンキチョウ。元さんの机の上ですくすくグングン成長しているチョウの幼虫たち。日曜日、新しい仲間が増えた。葉山・大山林道の入口付近にクロコノマチョウの見られる場所がある。日曜日、ジュズダマに大小いくつもの幼虫が付いていた。その中の小さな4ミリほどの幼虫2匹を元さんが拉致。家に戻り、机の上でイネに幼虫を移そうとしているときに、床に落としてしまった。さんざん探したが見つからない。元さんは以前にも同じ過ちをしている。夜になって、机の上の丸まったビニールゴミを捨てようと何気なく見ると、1匹がそこにいるではないか。元さんの落胆ももとに戻った。4ミリの幼虫は2日で10ミリほどに成長した。
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↑ジュズダマの葉を食べるクロコノマチョウの幼虫
by komachi-memo2 | 2007-08-14 09:42 | 探鳥 | Comments(0)

中谷礼仁さんの宮本常一「日本人の住まい」書評

c0042548_1056122.gif宮本常一著作集を永年にわたって刊行し続けている未来社が、PR誌「未来」8月号で「宮本常一誕生百年」を特集している。「庶民とともに生きた民俗学者——谷川健一」「宮本常一の現代性——岩田重則」「宮本常一の視点——鶴見太郎」と、どれも読み応えがあるが、その中で春に農文協から編集刊行した『日本人の住まい——生きる場のかたちとその変遷』について、中谷礼仁さんが8500字の書評「生活と構造」を書いてくれた。建築側からのはじめての本格的な書評である。中谷さんは書評の最後で、宮本民家論と建築史学上の民家研究とのギャップについてふれている。宮本民家論では民家の構造的な編年上の分析がほとんど顧みられていないこと、そのために例えば「二つの家の結婚」(土間の家と高床の家の結合)のような大胆な説を補佐する建築的な分析が欠けてしまっていることを指摘している。その一方で建築史学が構造分析に微細になればなるほど一般とは無縁の専門用語だらけの作業になり、ここ20年ほど閉塞状況に陥っているという。だからこそ、「宮本の「生活」的視点からの論に建築的な「構造」の側面が大いに参与すべきであると思う」と書く。宮本は晩年、武蔵野美術大学の学生たちの多摩地区の民家発掘・復元を指導していたというから民家の復元編年研究の重要性は当然のこと知っていた。そうしたことが、68年時点でほとんど完成近くまで執筆しながら生前、『日本の住まい』が日の目を見なかった理由の一つなのかもしれないと考えてもみる。中谷さんはここ数年、瀝青会というグループをつくって民家のフィールド調査をやっているという。宮本民家論の圧倒的面白さと建築史学上の民家研究とのギャップを知る中谷さんが、民家との遭遇のなかでこれからどんな新しい成果を出してくれるのか、楽しみだ。
by komachi-memo2 | 2007-08-10 11:01 | BOOKS | Comments(0)

下北沢「あんてぃかーゆ」

c0042548_10351425.gif友人の写真家に下村純一さんがいる。同世代でお互いのんびり屋なのでどこか馬が合う。店番をしているからたまに遊びに来いと電話があった。店とは下北沢・井の頭線ガード下にある「あんてぃかーゆ」のこと。下村さんのつれあい恵子さんがオーナーのアンティークショップ。もう30年近く同じ場所で開いている。ずいぶん昔にここで切溜を買ったことがある。1年に1度ほどおおぜいの料理をつくらなければならないとき、かみさんが「貸して」と言ってくる。米屋が使っていたような大きい五つ玉のそろばんが欲しいと言えば見つけてくれるし、子どもの頃、ライトプレーンをよく飛ばしたなと話せば、ほどなくなつかしいセットを二つもくれたりする。マダム恵子さんは住まいの図書館出版局から『こまごま古道具——下北沢からの便り』(住まい学大系023)という本を出していて、その本を読むと恵子さんの小物への愛着と「あんてぃかーゆ」の物選びのポリシーがわかる。「あんてぃかーゆ」のホームページにもどんどん続編を書いてほしいと思う。そういえば、一度せどりに連れて行ってくれると言ってたけど、まだ行ってないなあ。
by komachi-memo2 | 2007-08-04 10:42 | まちの拾い物 | Comments(2)

柳瀬尚紀「日本語は天才である」

c0042548_1838329.gif面白くて一気に読んでしまった。回文あり、万葉がなあり、総ルビあり、根室弁あり、四十八文字あり。著者はジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』やR.ダールの『チョコレート工場の秘密』の翻訳者として知られる柳瀬尚紀。ひらがな、かたかな、漢字、漢字にはルビで読みや使い手の特別な意味や音まで当てはめてしまえる日本語の多様さを駆使して、常日頃、他国のことばと日本語のはざまでアクロバットな真剣勝負をしている人だからこそと思うのだが、それにしても面白い。日本語の天才ぶりを堪能した。組版かなり苦労したろうな。
●柳瀬尚紀「日本語は天才である」新潮社 定価1400円
by komachi-memo2 | 2007-08-02 18:39 | BOOKS | Comments(0)

ヤブサメの声が聞こえない

83才になる母が国立で一人暮らしをしている。気になって電話をすることがこのところ増えている。「ヒロシだよ」「え〜?」「ひろしです」「だあれ〜?」「弘!」「ああ、弘か、なあに?」といった具合で、風邪ひとつしたことがないのだが耳だけが遠い。先日、仕事をしていると耳鳴りがするので、気になって鎌倉の耳鼻科に行った。モニターで映し出された耳の中は鼓膜の近くに耳くそが溜まっていた。風呂上がりに綿棒を使うな、と注意された。耳くそを逆に押し込んでしまうからと。聴力を測っておきましょうと言われ、ヘッドホンをして電話ボックスのような小部屋で虫の声のような小さな声を聞かされる。予期していたことだが、結果を聞くとやはりショックである。右の耳が高い音を聞き取れていない。日常生活ではわからないのだが、探鳥会に行くとてきめんにわかる。元さんが聞き取れる声が隣にいて、聞き取れない。ヤブサメの声が聞こえないことが聴力検査でわかってしまった。ああ、憂鬱。これから20年もしたら(もし生きていたら)、「元です」「え〜、だあれ?」と俺もなるのだろう。やだやだ。年はとりたくねえ。
by komachi-memo2 | 2007-08-01 09:41 | 茅木山の日常 | Comments(0)