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ホームページ「『環境問題』を考える」と『温暖化の<発見>とは何か』

c0042548_9393127.gif偶然見つけたホームページ「『環境問題』を考える」が面白い。いま巷で主流をなす人為的二酸化炭素排出による地球温暖化説に対する反論のホームページだ。名著『資源物理学入門』の著者槌田敦が日本物理学会誌に今年発表した「co2を削減すれば温暖化を防げるのか」もここで読むことができる。彼らの反論をトンデモ学者呼ばわりする人もおり、孤立無援の状態に近いが、説得力を持っているようにも見える。最近、『温暖化の<発見>とは何か』を読んだ。ここ百年ほどの地球温暖化にかかわる科学史だ。裏表紙に「温暖化研究の基石となった科学的事件の多くが、研究者たちの苦心や興奮とともに、この一冊の中で明快に紹介されている。彼らの体験した温暖化〈発見〉の過程を追体験することで、私たちも温暖化とはいかなるものかを、ようやく〈発見〉できる。」とあって、読んでみたのだが、槌田氏らの反論を払拭するものは得られなかった。4月、バンコクで開かれたIPCCの作業部会では地球温暖化を人為的二酸化炭素排出が原因とほぼ断定した。この会議で、温暖化防止で原発の効果を主張するアメリカが原発の発電量増加予測を記載するように主張したという。温暖化問題がいよいよきな臭くなってきた。
by komachi-memo2 | 2007-05-31 09:54 | BOOKS | Comments(0)

巣立ちヒナ

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雨が上がって気持ちのいい朝、今年初めてツバメの巣立ちヒナが電線にとまっているのを見た。朝早くからホトトギスの囀りを聞くようになった。元はサンショウクイの囀りを通学路で聞いたというが、私はまだ聞いたことがない。
(photo/gen)
by komachi-memo2 | 2007-05-26 21:21 | 探鳥 | Comments(3)

可喜庵というサードプレイス

c0042548_845373.gif←可喜庵での樋口清先生による連続講演「ライトと北欧」

東京・町田市に鈴木工務店という工務店がある。世田谷通り沿いの仕事場の一角には刻みの作業場があり、先代からの貴重な材木も貯蔵され、常雇いの腕のいい大工棟梁が何人もいる。かつての工務店はどこの工務店もこうした体制をとっていたが、今では珍しくなった。
三代にわたって住み続けてきた茅葺きの住居もその敷地にある。鈴木さんが近所に住居を移したとき、彼はその茅葺きの民家を地域に開放することを考えた。「可喜庵」と名を変えたそのイベントスペースでは毎週のようにイベントが行われている。樋口清先生の連続講座「ライトと北欧」シリーズや近所の酒屋、せんべい屋といった店主による「食シリーズ」、写真展、陶芸展、かつて鈴木工務店に家を建ててもらった家族たちが集うこともある。
「サードプレイス」というコンセプトがある。家でもオフィスでもない第三の場所。サードプレイスのコンセプトを最初に示したのはアメリカの社会学者オールデンバーグで、スターバックスのコンセプトにもなっていることは有名。仕事と家庭から離れて、自分を地域に開いていこうとしたとき、拠点やフィールドは不可欠の要件になる。可喜庵が地域のサードプレイスになることで、鈴木さんは自分を地域に開き、変わろうとしているのだろう。
by komachi-memo2 | 2007-05-16 08:48 | EVENT | Comments(0)

名越谷戸調査会の活動

鎌倉から三浦半島へ続く緑地の一部に、南北500メートル、東西350メートル、標高差90メートル、面積約19ヘクタールの名越谷戸がある。この谷戸もかつてはその奥まで棚田が拓かれていた場所で、西側は鎌倉時代の名越切通だ。これまでに何度か大規模開発計画が持ち上がったが、そのつど市民の根強い反対運動で、この緑地は守られてきた。
名越谷戸調査会は2005年の暮れに、この谷戸の自然を調べることを目的に結成されたNPO。メンバーは逗子・葉山を拠点にして自然観察を行ってきた主婦や学生、社会人などさまざまな人たちで、毎月1回このフィールドに通うことで、この緑地にどんな生物が生息するのか調べてきた。
その成果が「名越谷戸の自然」という冊子にまとまったというので、一部わけてもらった。120ページの冊子で、「名越谷戸概要」「名越の動物ガイド」「名越自然環境基礎調査調査報告」「名越谷戸の自然参考資料」から構成され、「自然環境基礎調査報告」は動物相調査、外来生物捕獲調査、鳥類ルートセンサス調査、植物相調査、植物群落調査、名越谷戸の植物がまとめられている。
「ここに、名越谷戸の自然を良くするというのはどういうことなのか?という疑問への答えがあるわけではありません。ただ、”ヒント”は得られてたのではないかと考えています」と、まえがきに書かれている。
とても1年でまとめたとは思えない内容である。調査会のメンバーの結束と情熱の結晶である。こうしたフィールドとそれを守り研究する人たちが近くにいることがとてもうれしい。
by komachi-memo2 | 2007-05-15 09:09 | 気持ちのいい場所 | Comments(0)

道具学叢書創刊

c0042548_848876.gif道具学会の「道具学叢書」が書店に並び出した。第1巻は「道具学への招待」である。専門分野の異なる研究者やデザイナー、道具をつくる人、ジャーナリスト、エッセイストなど道具学会に集まる50人以上の書き手による道具学への招待状である。
「道具と人のせめぎあう<身辺の秘境>で見つけた人と道具の関わり合いの喜劇あるいは悲劇を、この道具学叢書の舞台にあげて上演し続ければ、人と道具の綾なす世界が素晴らしい風合い(肌ざわり)に織りなされていくに違いない」と「刊行にあたって」で述べている。まずは100巻!と鼻息は荒い。どんな道具曼荼羅を今後見せてくれるか楽しみだ。装丁のことについていえば、嵩高のざっくりしたつくりは「道具学会」という運動体のフットワークの良さが表現されていて好感が持てるが、ジャケットのペナペナ感は好きになれない。コストの問題だとすれば、ジャケットをはずしてしっかりしたガンダレ表紙にすべきだったのではと思う。
2号以降の予定は
002「首から上の道具学」山口昌伴(5月刊行)
003「ものづくり現場考」野辺公一(6月刊行)
以下、順不同。
「宇宙で暮らす道具学」松村秀一
「大人も癒すおもちゃ学」多田千尋
「道具の定義を巡って」小林繁樹
「京暮らしの道具立て……大村しげの住まいから」横山公子
「道具動物園」道具学会編
「道具探検隊、世界を歩く」道具学会編

●道具学叢書001「道具学への招待」
企画・編集/道具学叢書委員会
発行所/ラトルズ
定価/本体2000円+税

by komachi-memo2 | 2007-05-14 08:51 | BOOKS | Comments(0)

オオミズナギドリの河

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↑河のように移動する無数のオオミズナギドリ
目をつぶると、まぶたの裏でオオミズナギドリの残像が右から左に河のように流れている。今朝の4時間、強風の中で目を酷使した結果だ。今日の城ケ島・長津呂は陸地近くを海鳥たちが本当に河の流れのように飛んだ。そのほとんどはオオミズナギドリだが、その中にハシボソミズナギドリ、ハイイロミズナギドリ、アカアシミズナギドリ、クロアシアホウドリ、オーストンウミツバメ、ウミスズメが混じった。オオミズナギドリを追い越して飛ぶハシボソミズナギドリやハイイロミズナギドリだが、なかにはヨタヨタと飛んでいるハイイロミズナギドリもいる。視界から見えなくなるまで「頑張れ!」と声援を送る。今日の成果はオーストンウミツバメが間近で見えたこと。雨覆の逆ハの褐色も確認できた。10時に宮脇さんが早上がりした。「後の記録お願いできますか?」と聞かれたが、とても自信がない。ハシボソミズナギドリとハイイロミズナギドリの区別もまだまだあやしい。

●観察地 城ケ島・長津呂
●観察日時 2007年5月13日(日)8:00~12:00
●観察された鳥 オオミズナギドリ、ハシボソミズナギドリ、ハイイロミズナギドリ、アカアシミズナギドリ、クロアシアホウドリ、オーストンウミツバメ、ウミスズメ、コアジサシ、ウミネコ、ヒメウ、ウミウ、チュウシャクシギ

by komachi-memo2 | 2007-05-13 21:52 | 探鳥 | Comments(0)

手製本の針

先日、小泉和子さんから吉井忠の戦中・戦後の農山村のフィールド調査の絵日記をどこかで出版できないかと相談を受けて、久しぶりに目黒の小泉さんの研究室に伺った。『洋裁の時代』の編集作業で通った時からご無沙汰だから3年ぶりだ。小泉さんが高校生時代に吉井忠と知り合ったこと、家族のように親しかったこと、故あって吉井の絵画をたくさん所蔵していることなどを伺っていると、小泉さんが「あなたは絵を描かないの?」と聞かれた。亡父が絵描きだったことを小泉さんは知っていて、それで聞かれたのだ。小学時代は毎日描いていたこと、最近はまったく描かないので、へたになってしまったことを話すと、「なんでもそうよ、文章だって書き続けていなければそうよ」と言われた。
確かにそうだ。フィールド・ノートに観察した鳥の特徴を描こうとするが、まったくへたくそで文字だけの記録になっている。毎日絵を描いている元は最近ますますうまくなって、しかも描くのが速い。差はつくばかりである。どんなことでも手に能力のある人にあこがれ、尊敬する。手仕事の魅力は高級だからでも、一品製品だからでもなく、そんなところにあるのだろう。最近、手製本用の針を買った。太くて先がとがっていない針だ。教室で習ったことを忘れないうちに体で覚えたい。子どもの頃、鉛筆がボンナイフできれいに削れるようになったとき、釣り針にテグスが結べるようになったときのうれしさは、子どものときだけのものではない。手にたくさんの能力をもっていたいと思う。
by komachi-memo2 | 2007-05-12 19:01 | 道具 | Comments(0)