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連休の江奈湾

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↑休息するチュウシャクシギ。片足のままケンケンして移動することがある。足を怪我しているのかと、最初はびっくりする。
先週に引き続いて江奈湾に行く。今日は葉子が車で送ってくれたので、1時間かからずに到着。毘沙門側の山の藤が満開で美しい。ビール瓶の口を叩いたようなツツドリの声を聴く。ホトトギスの仲間だが、ホトトギスよりずいぶん前から鳴くのだなあと元さんと話す。二子山の探鳥会でよくいっしょになるSさんが先週同様に来られる。正午近くまでいっしょに観察する。午後2時頃が一番潮が引いて、入江のかなりの部分が干潟になった。連休に入って潮干狩りや釣り客の数が多く、干潟に入り込む子連れもいた。先週はかなりの数が見られたチュウシャクシギが今日は8羽ほど、その代わりメダイチドリ53羽、キョウジョシギ11羽、キアシシギ3羽、イソシギ5羽、コチドリ2羽を数えることができた。ムナグロは確認できず。一時、毘沙門湾に行ったが、見られたのはキアシシギ、チュウシャクシギのみ。
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↑メダイチドリ。ゴカイを見つけて、じょうずに切らずに引っ張り出す。
●日時 4月30日 9時〜15時
●場所 江奈湾
●天気 晴
●確認した鳥 トビ、カルガモ、コジュケイ(v)、キアシシギ、イソシギ、ウミネコ、ツツドリ(v)、コゲラ、ツバメ、イワツバメ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、イソヒヨドリ、ウグイス(v)、シジュウカラ、メジロ(v)、ホオジロ、アオジ(v)、カワラヒワ(v)、スズメ、ムクドリ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、セグロカモメ、オオセグロカモメ、カモメ、メダイチドリ、コチドリ、チュウシャクシギ、キョウジョシギ、ヒドリガモ、オオミズナギドリ 計32種(vは地鳴き、囀りのみ)
by komachi-memo2 | 2006-04-30 23:01 | 探鳥 | Comments(0)

江奈湾にシギチ到来

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↑水浴びするチュウシャクシギ
2週間前に江奈湾に行ったとき、不発に終わったシギチだったが、今日は江奈湾の常連達に出会えた。江奈湾に着いたのは正午頃。松輪海岸からも江奈湾の対岸の岩礁の上のチュウシャクシギの群が確認できた。干潮は夕方なので、今回は金田湾のカモメの観察はせずに江奈湾で夕方まで粘る。確認できたシギチはチュウシャクシギ36羽、コチドリ2羽、キアシシギ1羽、イソシギ2羽、メダイチドリ24羽、ムナグロ2羽、キョウジョシギ3羽である。メダイチドリは夏羽に変わったものはまだ数羽、ムナグロもまだ冬羽。キョウジョシギのなかに天使のように肩羽の辺りに白い羽を対に飛び出している個体がいた。換羽の最中なのだろうか。
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↑まだ冬羽のムナグロ。少し胸部が黒くなっている
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↑キョウジョシギ
by komachi-memo2 | 2006-04-22 22:13 | 探鳥 | Comments(0)

元さんとダチョウのムック

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長男、元さんの頭のなかには一羽の鳥が住んでいる。ダチョウのムックという。この鳥が彼の頭のなかにやってきたのは、小学校の1年の時。今から5年前のことである。それ以来、元さんはムックの冒険物語を私のあげたコピーの反故紙を折って小さな16ページほどの冊子にしてきた。今まで書いた物語は「ダチョウのムック」14巻、「ダチョウのムック第2弾」16巻、「げんどりの元ちゃん」11巻、「ムックの白黒マンガ」1巻、「ムックの暮らしの物語」6巻、現在制作中が何冊もあるそうだ。元さんの地震や火事で持ち出す荷物の弟1番がこれで、手提げの紙袋にみんないっしょに入っている。
 どうしてそんなに長い間、飽きずに、書けるのだろう。元さんに聞いてみた。ダチョウのムックが人間みたいな生活をすると、どんな暮らしをするかを考えているうちに、頭のなかで勝手に物語が展開し、終わらなくなってしまったらしい。住んでいる島の地図、家の中の道具、ムックが発明した道具、お店の場所、友達関係、親戚関係、その場所に生えている植物……冒険の話を書こうとすると、いろいろ考えなければならないという。そのために物語の前に元さんはムックの様々な地図や系譜図のようなものをこしらえている。それが探鳥会と同じほど、そして学校よりもずっと楽しいことは私にもわかる。元さん、一日中ムックのことを考えていられる君がうらやましいよ。
by komachi-memo2 | 2006-04-20 09:29 | 茅木山の日常 | Comments(5)

胸のあたりを見ると……

 胸のあたりを見ると、糸くずがぶら下がっている。取ろうとすると、糸くずは下あごの前歯に挟まっている。歯の間から抜いて取ろうとすると、糸くずは喉の奥まで入っていて、どうやら喉に針が刺さっている。これは困ったことになったゾ、というところで夢から醒めた。ああ、夢で良かったと半分眠りながら思い、何でこんな夢を見たかを考え、そうかと思った。
 私は幼児期のみそっ歯がたたって歯が悪い。しかもひどく歯ぎしりをするらしい。ずいぶん前から歯医者にかかっており、大枚をはたいて奥歯にかぶせた義歯の土台を先日、歯ぎしりで割ってしまった(神経を取ってしまった歯の根はもろい)。昨日は新しい義歯を入れに歯医者に行った。今度の義歯は土台の真ん中が割れてないので、真ん中にトンネルがある。H先生は今度割ったら入れ歯ですぜと脅しながら、そのトンネル部分の掃除のためにデンタルフロストや歯間ブラシの使い方を私に教えた。だが、一番奥歯のトンネルにデンタルフロストを通すのは、トンネルの前で糸がおじぎをしてしまい何度やっても入らない。H先生は縫い針を折って短くし、木綿糸を使ってもいいと言った。
 昨晩、私が試験管洗いの赤ちゃんのような歯間ブラシを使ってその部分を掃除していたとき、トンネルの間でブラシの先がポキンと折れた。親指と人差し指をヤットコのようにCの字にして口の中に入れて、ブラシの端くれを抜こうとしてもどうしても取れない。飲み込んでしまう前に取らないと、これはまずいぞと焦った。口を大きく開けたまま、何か道具はないか、そうだ、元さんが水槽の魚に冷凍アカ虫をあげるときに使っている先の尖ったピンセットがどこかにあったはずと探した。この際、贅沢は言ってられない。そして無事に取り除きホッとして寝たのであるが、夢ではH先生の言った縫い針を飲んでしまったのである。
by komachi-memo2 | 2006-04-16 19:20 | 茅木山の日常 | Comments(0)

東長崎で見つけた木造2戸1

c0042548_10382579.jpg池袋モンパルナスの散歩中に見つけた木造下見板の2戸1住宅。ワァーなつかしいなと、思わずパチリ。昭和30年代の私が暮らした町・国立の自宅の前には同じような2戸1が6棟ほど建っていた。大家は大工ではなかったが、確か自分で建てた貸家だった。当時はそんな器用な人が近所にもいた。まだ空が大きかった時代だ。写真の住宅は本瓦で葺いているが、チープなスレート瓦でないといけない。そこには幼友達、近所の悪ガキがぞろぞろ住んでいて、左の住戸も右の住戸も遊び友だち。今ではとても考えられないことだが、2戸1の真ん中には共同トイレがあり、子供たちはトイレを通してバタバタと行き来して大人たちに怒られた。トイレはもちろん汲み取りで、臭くて暗い穴を跨いで、隣の家に行くときの緊張感を便所の匂いと共に思い出した。
by komachi-memo2 | 2006-04-15 10:42 | 国立の記憶 | Comments(2)

東長崎界隈そぞろ歩き

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↑谷端川アトリエ群がかつてあった地域で見たマーケットの看板
shinさん、burikinekoさん 、takaさんと続けている東京そぞろ歩きも4回目。昨日は僕の担当で、池袋・東長崎(椎名町)界隈を歩いた。ここは戦前、池袋モンパルナスと呼ばれた芸術アトリエ群が散在した地域。前にも書いたことだが、亡父が昭和10年代に住んでいたことがあるところで、いちど歩いてみたいと思っていた場所であった。
 椎名町でburikinekoさん、takaさんと落ち合い、まず谷端川アトリエ群のあった辺りに行く。谷端川は当時は絵描きたちに「黒きドビュー川」と呼ばれたドブ川であったが、今は暗渠になり、その上が遊歩道になっている。暗渠の両側には細々としたアパートや住宅が建ち並んでいる。昔のアトリエ風の家を探してみたが、探し出せなかった。ただ、間口が狭く、暗渠に直行方向に長い敷地割、ほとんど共壁のように軒を接している佇まいは当時のままのようで、先日見た豊島区郷土資料館のジオラマの風景を重ねてみる。
 立教通りを通り越し、江戸川乱歩の旧邸を見てから折り返し、今度は山手通りを越えて、敬愛病院の北側辺り、さくらが丘パルテノンがあった地域を歩く。しかし、近くの公園にかつてこの地にアトリエ村があったことを記す看板が立てられていただけで、当時の面影はどこにもなかった。
 shinさんとも落ち合い、熊谷守一美術館で一休みした後(第二展示室の墨絵が良かった)、榑松先生のアトリエを訪問する。
 榑松先生は昭和10年代からさくらが丘パルテンの現住所に現在まで居住してきた方で、当時のアトリエ村の暮らしについて知るほとんど唯一の方である。榑松先生にお会いできたことは私にとって本当に幸運であった。shinさんが以前勤めていた美術系学校の上司にあたる人で、shinさん、burikinekoさん、takaさんにとっては芸大の大先輩にあたる。当年90歳になられるが、とてもお元気で、130号の描きかけのカンバスを背に、当時のアトリエ村のことを話してくれた。
 私の亡父については面識がなかった。意外だったのは、戦争で全焼してしまったと、私がかってに想像していたさくらが丘パルテノンは戦後焼けずに残ったということである。榑松先生は当時、小学校の美術の先生をしており、学童疎開を家族共々するが、その時、家は家財道具をそのままに出入り口を釘で封印して出かけたという。終戦後、疎開先に1年間留まり、アトリエ村にもどってくるが、家は焼けずに残っていたのだ。焼け出された人たちがアトリエ村に入居し、地主から家を買い上げ、徐々に絵描きの村の様相は変わっていく。現在、この地域に住む絵描きは榑松先生も含め、わずかに3人だけという。
 さくらが丘パルテノンが消失したのではないとすると、かつて私が小学生の頃、亡父が捨てられずに持っていたグニャグニャに熔けたテレピン油のガラス瓶や焼夷弾から守るために土に埋めていたという泥だらけの油絵の具は、彼がどこにいた時のものなのだろうか。さくらが丘パルテノンは消失しなかったが、谷端川アトリエ群は消失し、そこで戦災にあったのだろうか。
 1941年に亡父が描いた「水辺」という絵(板橋区立美術館所蔵)を榑松先生に見せると、「こわい絵だね」とおっしゃった。亡父に親しい絵の同志は当時アトリエ村にいたのであるが、朝鮮人として、若きシュールレアリストとして、戦争の時代をどんな気持ちで孤独に過ごしていたのだろうか。
 榑松先生のアトリエを辞すとき、榑松先生は私たちを近所の中華料理屋に誘ってくれた。そして自分の子供のように皿に料理をわけてくれた。そしてチャリンコで飄々と帰っていった。私は亡父の面影を追っていた。
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↑谷端川アトリエ群がかつてあった地域
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↑江戸川乱歩旧邸
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↑さくらが丘パルテノンがかつてあった地域に建つ看板
by komachi-memo2 | 2006-04-14 23:07 | 国立の記憶 | Comments(13)

イヨカンピールのパン

c0042548_8534843.jpg朝、仕事場に出かけるときにお昼のデザート用にイヨカンをカバンに詰めていると、背後から「皮を持って帰ってね」と声がかかった。このところ、果物はイヨカンばかり家族は食べている(食べさせられている)。二つある冷蔵庫のうちの一つは葉子のパンづくりのためのものだが、今はイヨカンの皮がボリュームを占めている。イヨカンの皮でピールをつくるのだ。朝食のパンもイヨカンピールの天然酵母パン。干しイチジクのパンと同じくらい好きなパンだ。
by komachi-memo2 | 2006-04-12 08:54 | おいしい物 | Comments(4)

漁港の町の転用物

元々の使用目的を超えて、あるいは使用目的から引退したあとで、新たな使い道で生き延びた道具を転用物と称する。転用は一種の発明である。だから転用物に出会うと、目からウロコということもしばしばであり、使い手の心意気に笑えることもある。探鳥で江奈湾に行った道すがらに見た漁港の町ならではの転用物2例。
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●お化け植木鉢——漁港で使われているFRPの生け簀を転用した巨大な植木鉢。畳一枚分ほどの大きさがある。駐車場のコンクリートの上で樹木も育てられる。
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●車のトランクルーム——軽自動車が見えなければ、これが駐車場の代わりであることに、通りすがりの人は気付かないだろう。要らなくなったコンテナを駐車場代わりに使用。
by komachi-memo2 | 2006-04-10 20:55 | まちの拾い物 | Comments(2)

クイナに会えた江奈湾

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↑江奈湾の葦原と干潟。小さな干潟だが神奈川県ではもうわずかに残された貴重な環境。
もうシギたちはやってきたかなと、江奈湾に2週間ぶりに元さんと行った。松輪海岸まで行って探鳥をスタート。イソヒヨドリの雄がさかんに電柱や岩礁の上を移動しながら雌に囀る。江奈湾まで行くと、干潟に期待したものがいない。ああ、残念! イソシギ、アオサギ、タヒバリ、ハクセキレイがちらほら。去りがたく、しばらく岩礁に腰掛けて葦原のほうを眺めていると、葦原から何やら干潟に走り出したものがいる。急いで双眼鏡に入れると、クイナだ。クイナは臆病で、すぐに元の葦原に姿を隠してしまった。ほんの数秒のできごとなので、元さんは見ていなかった。また出てくるかもしれないと、粘っていると、20分ほどしてまた姿を現した。今度も数秒のできごと。2度目は元さんもプロミナーでしっかり見ることができた。潮が満ちてきたので金田湾に移動。途中、松輪海岸で頭上をピーピーと飛ぶ、番のコチドリを確認。なんてかわいいのだろう。金田湾内はカモメで真っ白になっていた。プロミナーで覗くと、ほとんどがユリカモメで、黒いずきんに衣替えをしたものが3、4割といったところ。残念ながらシギたちの到来はまだだったが、クイナとコチドリに出会え、ライフリストが2種増えた。
●日時 4月9日 10時40分から13時40分
●天気 晴
●探鳥の行程 松輪海岸→江奈湾→松輪海岸→金田湾
●確認した鳥 アオサギ、コサギ、トビ、カルガモ、コジュケイ(v)、クイナ、イソシギ、ウミネコ、ユリカモメ、コゲラ(V)、ツバメ、ハクセキレイ、タヒバリ、ヒヨドリ、イソヒヨドリ、ツグミ、ウグイス(V)、シジュウカラ(V)、メジロ(v)、ホオジロ(V)、アオジ(V)、カワラヒワ(V)、スズメ、ムクドリ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、セグロカモメ、オオセグロカモメ、ウミウ、ヒメウ、コチドリ、計31種(V=地鳴き、囀り)
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↑欲張りなユリカモメ。ちょっと無理じゃないの、そんな大きな魚。しばらく見ていると、一度はき出し、2度目にやっと飲み込んだ。飲み込んだ後、首と体全体をよじって胃袋に納めた。
by komachi-memo2 | 2006-04-10 10:04 | 探鳥 | Comments(0)

鳥合わせノート

c0042548_2142476.gifいつも探鳥に行った後には、その日見た鳥の種類をリスト化している。それを鳥合わせと称するが、私が利用しているのは、日本野鳥の会神奈川支部の二子山探鳥会で配布しているものを縮小してリファイルしたもの。表は葉山で見られる120種の鳥のチェックリスト、裏はその日に特に観察した鳥の行動を書き込むようになっている。4月で2年目に入るが、ご近所の鳥暦を見る大切な記録になってきた。最近は海や川の鳥も見に行くようになって、このリストでは種数が足りなくなってバージョンアップをしなければならなくなってきた。
 さて、今日は朝からいつ雨が降ってきてもおかしくない雲行き。プロミナーの代わりにこうもり傘を持って、ウエストバックに双眼鏡だけ詰めて大山林道に出かけた。冬の間、ツグミやアオジをあまり今年は見かけなかったが、今日は長柄小の裏でずいぶん見ることができた。林道内はタチツボスミレが今が真っ盛り。2羽のカワラヒワが鳴き交わしながら枝の上で求愛給餌しているのを目撃。出会う人もわずかで林道を独り占めしてきた。オオルリに出会えるのは後2週間ほど先か。
●日時 4月2日 9時〜12時
●天気 曇り
●確認した鳥 ミサゴ、トビ、カルガモ、コガモ、コジュケイ、キジバト、カワセミ、コゲラ、キセキレイ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、シロハラ、ツグミ、ウグイス、ヤマガラ、シジュウカラ、メジロ、ホオジロ、アオジ、カワラヒワ、スズメ、ムクドリ、ハシボソガラス、ハシブトガラス 計24種
by komachi-memo2 | 2006-04-02 21:47 | 探鳥 | Comments(0)