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カテゴリ:まちの拾い物( 14 )

輝建設で発見!松下1号型住宅

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今進めているエコリノベーション企画の取材で、一つの発見があった。それは東大阪の輝建設でのこと。輝建設ではその活動拠点として築260年と言われる古民家を借り受け、再生して、打合せスペースやイベントスペースに使っておられる。その母屋に付属して事務所棟として使用されている平屋の写真を訪問の準備段階で野沢正光さんの事務所で見せられたとき、これはもしやと思った。そのプロポーションが広瀬鎌二のSHシリーズによく似ていたのである。しかし、実際に行って見ると、どうも違う。比較的高い束立ての独立基礎は広瀬さんではない。しかし、垂木構造の緩勾配の屋根や開口部がつくる平屋のプロポーションはとても美しい。取材を終えて、鑑定をしてもらうために東大の松村秀一さんに写真を送ったら、その日のうちに返事をいただいた。松村教授は数年前から日本の初期工業化住宅の調査をされていて、「松下1号型住宅」に間違いないという。1961年発売のパナホームの元祖である。当時、難波のデパートの屋上に展示され、多くの人が来場したという。デパートの屋上というのが、時代を感じさせて面白い。それにしてもよく残っていたなあ。和風プルーヴェと言いたくなるこの清楚な姿、温熱環境を改善したらこれから結構人気が出るんじゃないかな。
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by komachi-memo2 | 2013-05-01 12:25 | まちの拾い物 | Comments(0)

緑の海

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最近、学校や役所といった公共の建物、個人の住宅、集合住宅を問わず、「緑のカーテン」を目にする機会が増えている。夏の直射日光が当たる外壁をツル性植物で覆い、遮熱と植物の蒸散作用を利用して、建物の躯体が高温になるのを抑える試みはかなりの効果がある。先日、おじゃました練馬のNさんのお宅は半端じゃない。隣家と接する面を除けば、7割近くが琉球アサガオやトケイソウで覆われていた。数年前まではゴーヤをカーテンにしていたというが、今は琉球アサガオがメイン。この植物のほうが密度濃く覆うことができるのだろう。敷地境界と外壁との間はわずか50センチ。それでも植物は上へ上へと育つ。家の中からは緑が透けて、緑の海に沈んだような感じだ。
by komachi-memo2 | 2009-07-09 09:44 | まちの拾い物 | Comments(0)

チャリンコで宮代町を見る

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ある本づくりの下調べに埼玉県宮代町に行く。宮代町といえば象設計集団の80年代の傑作、進修館や笠原小学校があるところである。地元の設計家手島さんと象の向井さんと3人で、1万分の1の地図を見ながらママチャリで町を見て回る。田植えの終わった田んぼは風になびいて美しい。手島さんはあちこちで会う人に挨拶を交わす。人のつながりが濃いのだろう。ブドウ畑ではまだ青い巨峰の一つ一つの粒を選り分け間引く作業の最中。まず斉藤甲馬旧邸を見る。河川、水路、屋敷林などが層をなす宮代町の農の風景が今もゆたかに残されているのは、初代の名物町長、斉藤甲馬さんの描いた構想によるところが大きい。「世界のどこにもないものをつくってほしい」と、象設計集団を宮代に呼んだのもこの人である。笠原小学校、農のあるまちづくりのシンボル的な「新しい村」、「ほっつけ田」を見て、最期に進修館で一息つく。地図をトレースすると町の4分の1ほどである。残りは次の機会にすることにした。チャリンコの速度が町を見るのにちょうどいい。
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by komachi-memo2 | 2009-07-08 11:19 | まちの拾い物 | Comments(0)

小田原で見た小屋

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小田原市沼代で見た小屋である。これもベーハー小屋だろうか。小屋の大きさ、屋根の煙抜き、益子で見たものとそっくりなのだが、少し高さが足りないようにも見えるし、何となく新しい。煙抜きが3つ、瓦葺きである。先日の雨の日曜日、山中湖周辺に探鳥に行った帰り道、Tさんが小田原にいい谷戸と棚田が残っていると案内してくれた。高齢化でお米を作ることができなくなり、やむなく放棄した棚田を今春から野鳥の会神奈川支部の有志が草刈りのボランティアを始めたところだ。その周囲で見つけた小屋。周辺に同じ形のものがいくつかある。下屋から中を覗くと、三つの部屋から構成され、苗箱と思われる木の箱が細かく仕切られた棚にぎっしりと入っている。苗をつくるのはビニールハウスだし、苗箱をしまうだけなら煙抜きはいらないだろう。ベーハー小屋の転用でないとすると、同じ形のものがいくつも近隣にあるのはどうしてだろうか。雨で外に人気がないので、尋ねることもできないで帰ってきたが、気になる建物である。今度、草刈りがあるときに参加して、近所の人に聞いて見ようと思っている。
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●追記、讃岐の菅さんがミカン小屋ではないかと教えてくれた。全国に同じようなミカン小屋があるならベーハー小屋同様、こちらも興味が沸いてくる。
by komachi-memo2 | 2009-05-27 11:51 | まちの拾い物 | Comments(2)

益子のベーハ小屋

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↑二つ並んだベーハ小屋。間の下屋が焚口だったのだろう。右側の小屋には煙出しがない。
百の知恵双書第20巻がようやく刊行し、著者の齊藤祐子と写真家の北田英治と3人で益子に遊びに行く。ひとつの目的は北田の友人である今成さんの陶芸展を見ることであったが、もうひとつは益子に残るベーハ小屋を見て回ることだった。益子は西日本の讃岐と並んで、東日本でベーハ小屋が最も残存する場所である。ベーハとは米葉、つまり紙巻きタバコのこと。ベーハ小屋はタバコの葉を保温乾燥させるための小屋である。住宅のほぼ2層分の縦長のプロポーション、切妻の屋根に煙出しを設けた特徴あるこの小屋が、国の指導で昭和八年頃から日本本土だけでなく、日本の植民地であった台湾に至るまで東アジアに蔓延するように建つようになる。目がベーハ・モードになると、車の中からベーハ小屋が集落のあちらこちらに存在していることが見えてくる。当時からタバコを栽培しているという農家で話を聞くことができた。今では栽培農家は減り、集荷する専売公社の組合もなくなり、福島まで持っていくという。もちろん、現在はベーハ小屋での乾燥は行われず、その隣にコンパクトな乾燥機が置かれ、ベーハ小屋は物置きとして使われていたが、その朽ちかけた姿はとても美しいものである。益子では土壁、漆喰壁、土壁の上に下見板を貼っているものがあり、下部を大谷石にしているものもある。また住居部分と一体化してリニューアルしているものもある。今回はリニューアルしている家の内部を見ることができなかったが、見てみたい。車で見て回ったのは益子の4分の1ほどの範囲、3、4日かけてベーハ小屋だけを探せば、かなりの数が見られると思われる。
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↑住居部分と一体化してリニューアルされても、かつてベーハ小屋だったことはわかる。

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↑今もタバコを栽培している農家の昭和8年頃建てられたというベーハ小屋。朽ちていく姿が美しい。

by komachi-memo2 | 2009-03-26 17:29 | まちの拾い物 | Comments(4)

下北沢「あんてぃかーゆ」

c0042548_10351425.gif友人の写真家に下村純一さんがいる。同世代でお互いのんびり屋なのでどこか馬が合う。店番をしているからたまに遊びに来いと電話があった。店とは下北沢・井の頭線ガード下にある「あんてぃかーゆ」のこと。下村さんのつれあい恵子さんがオーナーのアンティークショップ。もう30年近く同じ場所で開いている。ずいぶん昔にここで切溜を買ったことがある。1年に1度ほどおおぜいの料理をつくらなければならないとき、かみさんが「貸して」と言ってくる。米屋が使っていたような大きい五つ玉のそろばんが欲しいと言えば見つけてくれるし、子どもの頃、ライトプレーンをよく飛ばしたなと話せば、ほどなくなつかしいセットを二つもくれたりする。マダム恵子さんは住まいの図書館出版局から『こまごま古道具——下北沢からの便り』(住まい学大系023)という本を出していて、その本を読むと恵子さんの小物への愛着と「あんてぃかーゆ」の物選びのポリシーがわかる。「あんてぃかーゆ」のホームページにもどんどん続編を書いてほしいと思う。そういえば、一度せどりに連れて行ってくれると言ってたけど、まだ行ってないなあ。
by komachi-memo2 | 2007-08-04 10:42 | まちの拾い物 | Comments(2)

商店遺産「志賀昆虫普及社」

c0042548_10163152.gifほとんどの人々にとって関係のないことであっても、関心のある限られた人たちにとってはなくなっては困る店というものはある。それを商店遺産と名付けるとすれば、志賀昆虫普及社はムシ屋にとっての商店遺産と呼べるものだろう。昨日、数年ぶりに渋谷・宮益坂上の志賀昆虫に行った。店の中の雰囲気はどこか中学や高校の理科の準備室に迷い込んだような感じだ。標本箱、毒瓶、ピンセット、捕虫網、展翅台、植物採集用具、どれもが考え抜かれた志賀昆虫オリジナルの商品。前々から元さんにねだられていたアルミの振り出し式捕虫網と展翅台3種を購う。立ち去りがたく店の人と雑談していると、創業者である志賀卯助翁は今年、百四才の長寿をまっとうしたという。近年まで時々店に顔を出していたという翁に私は一度もお会いすることができなかった。志賀卯助著『日本一の昆虫屋』(文春文庫プラス)を帰りの電車のなかで読んだ。新潟の極貧家庭に生まれた翁が志賀昆虫普及社を興し、標本用具開発に心血を注ぐ波瀾万丈の回顧録。私の次は元さんが読む番だ。
by komachi-memo2 | 2007-07-11 10:19 | まちの拾い物 | Comments(2)

Kuishinbo-Tree

c0042548_9315486.jpg葉山の海岸近くを散歩していると、すごい木を見つけた。フェンスを食べてしまった木。アオギリは生命力の強い木だがどうしたらこういうことになるだろうか。感心してみていると、モノに過ぎないフェンスの方を解き放ってやりたくなってきた。
by komachi-memo2 | 2007-01-15 09:32 | まちの拾い物 | Comments(1)

漁港の町の転用物

元々の使用目的を超えて、あるいは使用目的から引退したあとで、新たな使い道で生き延びた道具を転用物と称する。転用は一種の発明である。だから転用物に出会うと、目からウロコということもしばしばであり、使い手の心意気に笑えることもある。探鳥で江奈湾に行った道すがらに見た漁港の町ならではの転用物2例。
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●お化け植木鉢——漁港で使われているFRPの生け簀を転用した巨大な植木鉢。畳一枚分ほどの大きさがある。駐車場のコンクリートの上で樹木も育てられる。
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●車のトランクルーム——軽自動車が見えなければ、これが駐車場の代わりであることに、通りすがりの人は気付かないだろう。要らなくなったコンテナを駐車場代わりに使用。
by komachi-memo2 | 2006-04-10 20:55 | まちの拾い物 | Comments(2)

小屋の魅力

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近所の海岸を散歩していて写真のような小屋を見つけると、しばらくその場を離れたくないように思う。この前をこれまでに何十回となく歩き、そのつど、たたずんできたが飽きない。その理由が最近少しずつわかってきた。
この小屋の持主は投網ができる。沖に小さなボートをこぎ出し、蛸壺を仕掛けることができる。いつ、どこにいけば何が捕れるのか、今海の中がどうなっているのかを知っている。そうでなければ漁にならないのだから。葉山の沖に私と同じように目を向けていても見えているものがまったく違うのだ。
物件としての小屋のおもしろさの背後には、そうした小屋の持ち主の、私が持ち得ない「技を使うことをとおして、ものごとをとらえていく能力」へのあこがれのようなものがあるのだと思う。
玉井さんのBLOG・「my place」に触発されて読んだ内山節の『「里」という思想』に、次のような文章があった。
「20世紀の社会は、人間から存在するための技を喪失させていたのである。その結果、技を使うことをとおして、ものごとをとらえていく能力を失い、あらゆるものを解説しただけで理解したような気持ちをいだくようになった。世界も、社会も、経済も、地域や人間自身に対してさえも、私たちは解説ばかりをしている」
by komachi-memo2 | 2006-02-22 08:25 | まちの拾い物 | Comments(1)